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千葉地方裁判所 昭和54年(ヨ)308号 判決

債権者 稲山哲郎 外三名

債務者 株式会社市川進学教室

主文

一  債務者は各債権者らに対し、昭和五五年四月以降第一審本案判決言渡に至るまで毎月二七日限り別紙債権目録(三)記載の金員を仮に支払え。

二  債務者は債権者稲山哲郎に対し二一一万一六八〇円、同大森修治に対し二〇〇万七八四〇円、同渋谷隆に対し一八八万二四四〇円、同白井勲に対し二一〇万三三二〇円を仮に支払え。

三  債権者らのその余の申請を棄却する。

四  申請費用は債務者の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

一  債権者ら

1  債権者らが債務者に対し雇用契約上の地位を有することを仮に定める。

2  債務者は各債権者らに対し昭和五五年四月以降本案判決確定に至るまで毎月二七日限り別紙債権目録(一)記載の金員を仮に支払え。

3  債務者は各債権者らに対し別紙債権目録(二)「合計」欄記載の金員を仮に支払え。

4  申請費用は債務者の負担とする。

二  債務者

1  債権者らの申請をいずれも棄却する。

2  申請費用は債権者らの負担とする。

第二(債権者)申請の理由

一  債務者会社(以下「会社」ともいう。)は常勤教師二二名外非常勤教師を雇用して、小・中学生及び高校生の学習及び受験指導を目的とする株式会社であり、債権者稲山は昭和五二年一月一日、同大森は同年四月一日、同渋谷は昭和五三年七月一日、同白井は昭和五四年二月に会社に教師として雇用された者であるところ、債務者は昭和五四年八月以降債権者らとの雇用関係を否定している。

二  債権者らはいずれも会社従業員により組織される市川進学教室労働組合(以下「組合」という。)の組合員であり、債権者稲山は執行委員長、債権者大森及び同渋谷は副執行委員長、債権者白井は副書記長である。

三  債務者との雇用契約が存続する場合に債権者らが格付けされるべき資格及び受けるべき賃金月額とその内訳は別表のとおりであるから、債権者らの昭和五四年八月分から同五五年三月分までの未払賃金及び昭和五四年一〇月支給されるべき一時金(基本給の二・五か月分、ただし、一〇円未満切上げ)額は別紙債権目録(二)の各欄記載のとおりであり、また、債権者らは、昭和五五年四月分以降その支払日を毎月二七日とする別紙債権目録(一)記載の賃金請求権をそれぞれ有している。

四  債権者らはいずれも債務者より得る賃金のみによつてその生計を維持してきたものであり、本件解雇によつてその収入を断たれ、他に生活を維持するに足りる収入を得る見通しもなく、目下提起を準備中の本案訴訟に対する判決の確定を待つては債権者らに回復し難い損害が生じるおそれが多大である。

五  よつて、債権者らは第一の一記載の裁判を求める。

第三(債務者)申請の理由に対する認否

申請の理由一及び二の事実並びに同三のうち債務者との雇用契約が存続した場合に債権者らが格付けされるべき資格及び受けるべき賃金が別表のとおりであり、毎月の賃金支払日が二七日であること、昭和五四年一〇月に債権者らに支給されるべき一時金が債権者ら主張のとおりの額であることは認めるが、同四の事実は否認する(特に一時金及び昇給額の支給の必要性については否認する。)。

第四(債務者)解雇理由

債務者は債権者らに対し昭和五四年七月三〇日付をもつて懲戒解雇の意思表示をなしたから、これによつて債権者らとの間の雇用関係は終了した。以下にその解雇理由を述べる。

一  いわゆる進学塾においては、塾生の在学校の成績及び希望校への進学率向上が経営のための必須の要件であるが、そのためには教師による適正良好な授業が行なわれることが必要である。進学塾経営者にとつて、常時かかる授業が行なわれているか否かを判断し授業内容の改善をはかるためには、管理職をして授業現場を巡回せしめることによるほかない。従つて、巡回制度は会社にとつて不可欠で奪い得ない経営上の権利である。

二  昭和五二年一〇月五日に結成された組合も、巡回方法の改善を要求したことはあつたが、巡回制度の存続は承認していた。

三  会社としても、組合の改善要求を容れ、授業中巡回者が教師に対し生徒の面前で発言を訂正させるなど教師の面目を失わせるようなことは可能な限り避けることを約し、また、特に巡回を多く必要としていた入社後三か月くらいの教師については、先ず入社後半月ないし一か月は授業見学期間とし、その後一、二か月は先輩教師と一組になつて授業を担当させるなどして、巡回回数を減らすように工夫した。

四  しかるに、組合は、昭和五四年七月二四日に至り、突如として、会社が巡回制度の復活を強行したと虚偽の事実を主張し、巡回制度撤廃を要求して同月二五日に団体交渉を開くよう申入れたが、会社は右申入れを拒否した。巡回は会社経営上不可欠の制度で廃止し得るものではなく、組合もこの制度の実施を承認していたのに、虚偽の事実を前提として突如としてその撤廃を要求して団体交渉を申入れることは団体交渉権の濫用であるから、会社のなした拒否は正当である。

五  組合は、会社の拒否を不当として、同月二七日三時間四五分に及ぶストライキを実施した。右ストライキ終了後、会社側は、債権者らを含む組合執行部五名に対し「巡回の撤廃には応じられないが、巡回の方法について要望があれば団体交渉に応ずるから、交渉議題を『巡回の方法について』としてはどうか。」と提案したが、組合は、巡回の撤廃を議題とすることを譲らず、同月二八日には全一日ストライキを行なつた。

六  組合のストライキは、〈1〉巡回制度撤廃という会社にとつて実現不可能なことを要求事項としていること(過大要求)、〈2〉虚偽の事実を前提としていること(信頼関係破壊)、〈3〉自ら承認していた制度の撤廃を迫るものであること(信義則違反)の三点において違法である。更に、折から会社は夏期講習会(七月二一日から八月三一日まで)を実施中であつたが、ストライキにより中断されたため、父兄、生徒のほか広く世間一般に対する信用を甚だしく失つた。また、会社は急遽臨時に雇用した教師により代替授業を行なつたほか、迷惑料として授業料の一部を父兄に返還したため、莫大な財産上の損害を被つた。

七  右に述べたように、組合のストライキは違法であり、会社の業務を妨害し、名誉、信用を失墜させるものであるが、債権者らは組合執行部としてこれを企画指導した。そこで、会社は債権者らに対し、懲戒事由を定めた就業規則三七条四号「故意に業務の能率を阻害し、または業務の遂行を妨げたとき」及び八号「会社の名誉信用を傷つけたとき」を適用し、三八条四号により懲戒解雇の意思表示をしたのである。

第五(債権者)解雇理由の認否、反論

一  第四の事実のうち、会社が債権者らに対し昭和五四年七月三〇日付をもつて懲戒解雇の意思表示をなしたこと、組合が昭和五二年一〇月五日結成されたこと、組合が昭和五四年七月二四日会社に対し巡回制度撤廃を要求して同月二五日に団体交渉を行なうことを要求したところ、会社により拒否されたため、同月二七日三時間四五分、同月二八日全一日のストライキを行つたことは認め、組合が巡回制度の存続を承認していたこと、会社が昭和五四年七月二七日組合に対し巡回の方法についてという議題ならば団体交渉に応ずる旨提案したこと、会社の団体交渉拒否が正当であること、右ストライキが違法であることは否認する。

二  「巡回」とは社長ないしは上級管理職が授業中の教室を巡回し、教師を監視し、ときには巡回者が授業を中断したうえで自ら授業する制度であり、教師及び生徒への心理的影響は多大なものがあつた。また、会社では入社後三年以上を経過した従業員の資格給は査定によるものとされていたが、右査定には巡回の結果が用いられることが明らかであつた。かように、巡回制度は教師の労働条件ないし待遇に関連する重要な事項であつたので、組合は結成以来巡回制度の撤廃を目標として活動してきたもので、その制度の存続を承認したことは一度もない。ただ、会社側が組合の要望を容れ、巡回対象者を入社三か月以内の教師に限り、従来夏期講習予定表中に表示されていた巡回予定の記載を取り止め、また、不当な態様によるものも影をひそめたので、組合としても、会社側の態度を見守ることとし、撤廃要求を特に労使問題として取り上げないでいた。しかるに、昭和五四年七月二〇日に至り会社が突如夏期講習における巡回予定表を掲示したので、組合は会社のかかる態度を巡回制度の復活と受け止め、今回の団体交渉の申入れをしたのである。

巡回制度の内容が前記のとおりのものである以上、それが会社側からみて実現が困難であつても、組合がその撤廃を団体交渉の議題として要求することはなんら違法ではなく、会社としてもこれに応じてその撤廃のなし得ないことを説明すれば足りるのであるから、右要求を拒否したことは正当とはいいがたい。かかる経緯の後、組合はストライキに及んだのであるから、右ストライキは違法ではない。会社の債権者らに対する懲戒解雇は正当な争議行為を理由としてなされたものであるから、不当労働行為として無効であることは明白である。

第六証拠〈省略〉

理由

一  申請の理由一、二の事実並びに組合が昭和五二年一〇月五日結成されたこと、組合が、同五四年七月二四日会社に対し、巡回制度の撤廃を団交事項として同月二五日に団体交渉を行なうよう要求したところ、会社に拒否されたため、同月二七日三時間四五分、翌二八日全一日のストライキを行なつたこと、会社が債権者らに対し同月三〇日付をもつて懲戒解雇の意思表示をしたこと、以上の各事実は当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実に成立に争いのない疎甲第一号証の一ないし四、第二ないし第四号証、第一〇ないし第一三号証、第一七、第一八号証、疎乙第一号証の二(ただし、書き入れ部分を除く。)、第二号証の一(ただし、書き入れ部分を除く。)、第三号証の一、二、第五号証、債務者会社代表者本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる疎乙第九号証の一ないし一五、第一〇号証、同尋問の結果、証人高橋謙の証言及び債権者稲山哲郎本人尋問の結果を総合すると、次の事実を一応認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  債務者会社のようないわゆる進学塾においては、塾生の在学校における成績及び希望校への進学率の向上がその塾に対する世間的評価を左右するところから、右進学率等の向上を図ることが経営上必須とされており、そのためには塾として教師による適正良好な授業を確保する必要があること、巡回制度とは、塾経営者が常時かかる適正良好な授業が行なわれているか否かを把握し、授業内容の改善を図るために、管理職等をして授業現場を巡回・視察させる制度であり、関東一円の大手進学塾(生徒数五〇〇人以上)でも、その方法は様々であるが、同様の巡回視察制度が採用されていること、また、債務者会社では、右巡回によつて得られる資料を入社後三年以上経過した従業員の資格給査定の重要な要素として斟酌していたこと

2  ところが、債務者会社においては、巡回にあたる管理職が、単に教室に立ち入つて授業を視察するだけにとどまらず、授業内容に口を出したり、甚だしいときは教師に授業を中止させ管理職自らが引き取つて授業を行なうなどのことがあつたところから、教師の間において、かかる巡回のあり方は授業に支障を生じさせ、かつ、生徒の教師に対する信頼を損わせるものとして、不満が強かつたこと、そこで、組合は、その結成以来巡回制度の廃止を一貫した運動方針とし、組合結成直後の団体交渉においても、「基本的人権を尊重し、現行の巡回制度を廃止すること」を一七項目にわたる団交事項の第一項目として掲げて、会社に対してその廃止ないし是正方を申入れたこと、これに対し会社は、巡回制度は経営上必要不可欠であるとして、その廃止要求を拒否したが、組合の要望を一部取り入れてその方法を改め、授業に支障を生じさせたり教師の生徒に対する面目を失わせたりする巡回方法を差し控えるとともに、特に巡回を必要とする入社間もない教師については見習期間を設けるなどの改善措置を講じたこと、このため巡回回数、巡回時間とも目立つて減少し、また、いわゆる巡回表の作成や講義日程表中の巡回欄がなくなるなど、組合結成前のそれと比べて運用上の変化がみられたところから、組合としても差しあたり実害がないと認識し、巡回問題を会社に対する緊急の要求事項とりしては取上げず、長期的観点からその取組みを検討していたこと

3  昭和五四年度夏期講習(七月二一日から八月三一日まで)直前である七月二〇日、教務生徒管理部長(副室長)田代某(以下「田代」という。)の席の後の本棚に右講習期間中における管理職四名による巡回予定表(疎甲第一〇号証)が貼つてあるのを組合員が発見し、債権者ら組合執行部全員が翌二一日田代に会い、事情説明を求めたところ、田代は、「今まではあまり巡回できなかつたが、これからは恒常的にやりたい。夏だけでなく秋以降もやりたい。入社後二年目がすぎて三年目に入る講師が増えてきたが、その人達の授業を見る機会がなかつたので、その人達を重点的に見たい。」旨言明したこと、このため、債権者ら組合執行部は、会社が入社後三年以上の従業員に対する資格給査定の資料を得るために巡回が行なわれるもので、組合結成前のような巡回制度が復活するおそれがあるとの危惧を抱き、同月二三日組合員集会を開いて討議した結果、執行部の右のような情勢分析が承認されるとともに、巡回制度撤廃を協議項目として会社に対して団体交渉を要求することが出席組合員(一人を除き組合員全員出席)全員の賛成により決議されたこと、そこで、組合が翌二四日会社に対し、巡回制度の撤廃を協議項目とする団体交渉を同月二五日に行ないたい旨の申入れをしたところ、会社は、右協議項目は経営専権に関する内容であるとして、右団交要求を拒否したこと

4  そこで組合は、同二五日集会を開いて討議した結果、出席者一八名全員の賛成(欠席した一名も事後に賛成)を得て、ストライキ決行(同月二七日時限スト、同日会社が団交に応じなければ翌二八日全一日スト)を決議したこと、そして、組合は同月二七日三時間四五分の時限ストライキを行ない、右ストライキ終了後の同日午後七時四五分頃、組合執行部全員とオブザーバー二名が会社代表者梅田威男(以下「梅田」という。)及び田代のもとに団体交渉応諾の有無について打診に赴いたところ、梅田らは、「巡回を認めたうえで、その方法についての要望なら団交に応じる。」旨を提案したこと、これに対し組合側は、要望を聞くというのでは聞き放しになるおそれがあるとして、これを拒否し、結局話合いに物別れに終つたこと、翌二八日昼頃組合は全員参加の集会を開き、前日の会社側との話合いの結果を報告して討議した結果、ストライキ続行が決定され、結局全一日ストライキを実施したこと

5  会社は、組合の実施した同月二七日及び三〇日の前記ストライキは違法で、債権者らがこれを企画指導したものであり、債権者らの右行為は、いずれも懲戒事由とされている就業規則三七条四号所定の業務妨害行為及び同条八号所定の会社の名誉信用を傷つける行為に該当するとの理由により、同規則三八条四号に基づき、前記のとおり同月三〇日債権者らに対し懲戒解雇の意思表示をなしたこと

三  以上の事実を基礎に本件ストライキの適否及び本件解雇の効力について検討する。

債務者は、組合が巡回制度撤廃という会社にとつて実現不可能なことを要求事項としている点で、会社が組合の団体交渉を拒否したことは正当であり、一方これに対して行なわれたストライキは違法である旨主張する。

さきに認定したところによれば、労働者である債権者らにとつて、巡回は、ややもすると自己の行なう授業に対する過大な監視に発展し勝ちな制度であるということができるから、組合として、巡回そのものの撤廃を要求することは、過大な監視体制の実施を未然に阻止し、これにより組合員の執務環境の改善を実現させることを目的とするものとして、組合員の労働条件に関連するものということができる。ところで、団体交渉もそれが交渉事である以上その要求項目のすべてがいわゆる本音を列挙したものとは限らず、中には駈引き的なもの、スローガン的なものが含まれていることは往々にして散見されるところであり、また、当然のことながら、使用者がその要求を承諾しなければならないものでもない。使用者側が実現不可能と考えている事項について組合としてその実現を要求項目として団体交渉を求めた場合、実現が可能であるか否かの判断は労使の立場の相違により必ずしも一致するものではないから、使用者は自己の判断のみに立脚して交渉を拒むべきではなく、先ず真摯な説明をなすべきであり、これによつて、組合側もこれを納得し、要求を譲歩することもあり得るし、要求が駈引き的なものを含んでいれば、―労使交渉のほとんどがこの場合であると推測される―一定の交渉段階において双方が互に一致点を見出すことも可能である。いずれの場合であつても団体交渉がなされない限り、平和的に労使紛争を解決することはできないのであるから、使用者としては、組合の要求が特に不真面目、不穏当であると認められない限り、広く労働条件に関する事項については、実現不可能を理由として、団体交渉を拒否することは許されないものというべきである。

これを本件についてみれば、巡回制度が会社にとつて経営上実現不可能であるか否かの判断はさておくも、巡回制度撤廃が労働条件に関連する要求であると認められることは右に述べたとおりであるし、債権者稲山哲郎本人尋問の結果によつて一応認められるように、従前労使間で巡回そのものについて特に突込んだ団体交渉による意見交換がなされていなかつた経緯に照らせば、会社が右要求を実現不可能と考えるならば巡回制度の存続を必要とする事情を、また、組合が危惧するような巡回を復活する意図がないのであればその趣旨を団体交渉の場で十分主張し説明すればよいことであつて、そのうえで、労使間において合理的な妥協点を見出すことが必ずしも不可能であつたとは考えられないから(証人高橋謙の証言及び債権者稲山哲郎本人尋問の結果によれば、組合としても巡回制度撤回を強く希望していたとはいえ、その完全な実現をはかることが困難であることは認識しており、最終的にこれを固執する方針までをも有していなかつたことをうかがうことができる。)、債務者が団体交渉の申入れを拒否したことは正当ではなかつたというべきであり、かかる経緯の後組合が本件ストライキに及んだのであるから、そのストライキは正当な争議行為であり、違法ではないというべきである。

もつとも、本件においては、前記認定のとおり、組合の巡回制度撤廃要求に対し、会社側は「巡回を認めたうえでその方法についての要望なら団交に応じる。」との態度を示したが、双方とも自己の主張を譲らず、結局議題に関する意見の不一致で団体交渉が行なわれなかつたことがうかがわれる。しかし、組合から申入れた事項が団体交渉の対象となりうるものである以上、他の議題ならば応ずるということは、結局組合の団体交渉申入れに対する拒否の一態様にほかならないから、やはり正当なものと認めることはできないものというべきである。

次に、債務者は、組合の団体交渉及び本件ストライキは会社が巡同制度の「復活」を強行したとの虚偽の事実を前提とする旨主張する。なるほど、さきに認定したところからすれば、債務者が巡回制度を廃止した事実はないのであるから、前示巡回予定表の作成をはじめるとする一連の事態をとらえて、巡回制度の「復活」と呼ぶことは、厳密な語義には必ずしも適合するとはいい難いけれども、組合は、巡回制度が組合結成以前の好ましくない形に復元することを危惧して、これを「復活」と称したものであることが右に説示したところに照らして明らかであり、その意味において、組合が巡回制度復活ととらえたことはあながち虚偽とはいえず、所詮会社と組合の巡回制度についての認識の差ないし見解の相違若しくは単なる用語の問題というべきであるから、債務者の右主張は採用の限りではない。

更に、債務者は、組合の団体交渉及び本件ストライキは自ら承認していた制度の撤廃を迫つたもので、信義則に違反する旨主張する。しかしながら、一般的に労使関係の流動性に鑑み、一旦承認した事項であつたからといつて新たに変更を求めること自体は労働協約等に違反する場合を除き違法であるとはいえないだけでなく、既に認定した事実に照らせば、組合が巡回制度を承認していたものとは断じ難く、したがつて、その撤廃を求めて団体交渉を要求し、更に本件ストライキに及んだことが信義則に反し、違法であるとはいえない。

従つて、組合が巡回制度の撤廃を要求して会社に団体交渉を申入れ、会社が右申入れを拒否したため争議行為に及んだことは正当な組合活動であるから、右争議行為の指導企画を理由として債権者ら組合執行部に対してなされた本件解雇は不当労働行為に該当し、無効である。

そうとすれば、債権者らは債務者との間の雇用契約上の地位を有し、債務者に対して賃金請求権を有するというべきである。

四  そこで、本件仮処分申請の必要性について判断する。

右雇用契約が存続する場合に債権者らが格付けられるべき資格及び受けるべき賃金月額とその内訳が別表のとおりであり、その支払日が毎月二七日であること並びに昭和五四年一〇月に債権者らに支給されるべき一時金の額が別紙債権目録(二)の「一時金」欄記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

しかして、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる疎甲第六ないし第九号証及び債権者稲山哲郎本人尋問の結果によれば、債権者らは債務者からの賃金収入のみにより自己の生計を維持してきたもので、本件解雇によつて収入の途を失つたことを一応認めることができる。

従つて、先ず、債権者らの賃金債権を保全する必要があるというべきであるが、その保全の範囲は、取敢えず債権者らが従前の生活を維持するのに重大な支障をきたさない限度にとどめるべきであるから、諸般の事情を勘案のうえ、債務者に対し、各債権者につき、昭和五四年八月から第一審本案判決の言渡に至るまで、別紙債権目録(三)記載の本件解雇当時の賃金の仮払い及び一時金のうち四〇万円の仮払いを命ずる限度でその必要性を肯認することとする。

このほか、債権者らは雇用契約上の地位を仮に定める旨のいわゆる任意の履行に期待する仮処分をも求めているが、右のとおり、賃金債権が保全されその強制的実現が可能となつた以上重ねてかかる仮処分を命ずる必要性はないものというべきである。

五  以上の次第であるから、債権者らの申請は主文第一項(昭和五五年四月以降の賃金の仮払い)及び第二項(昭和五四年八月以降昭和五五年三月までの間につき債権目録(三)記載の金員により算出した賃金額((本件口頭弁論終結時までに履行期が到来したもの))と一時金四〇万円の合計額の仮払い)の限度で理由があるから、事案に照らし保証を立てさせないでこれを認容し、その余の申請を棄却することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松野嘉貞 魚住庸夫 片野悟好)

(別紙、別表省略)

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